#1 ウォール街での$10億ドル取引、FinTechベンチャー、そして首絞めの学生時代 – スペンサー・リー

免責事項: このメモはゲストから学んだ事を深く理解するためであり、私自身主観的な解釈が意識的、または無意識的に文字に反映されています。そのため、このメモよりゲストのお言葉の引用をお控えください。実際に何をどういう状況、口調、形で会話された内容に関しましては、ポットキャストYouTubeにて全てご覧頂けます。

スペンサーはカナダで育ち、アメリカで勉強しながら仕事をしていた。 デューク大学を卒業し、ウォール街の投資銀行で働くなどの経歴を聞くと、留学していた典型的な中国人だと思っていたが、それは大きな間違いだった。小学生の時に同級生の首を絞めたり、ハサミで脅したりしていたらしい。このトークは驚きに満ち、笑いが止まらなかったので、是非楽しんで頂ければと思います。この文章では、彼と話して得た喜びをお伝えすることはできませんが、いくつか面白い事をメモしました。

子供の頃

スペンサーは中国で生まれ、8歳でカナダに移住しました。 彼は英語を全く話せなかったが、通っていた学校は中国人移民のためのものではなく、地元の人たちのためのものだった。 彼は「意図的に」反抗的な子供になろうとしていたわけではありませんが、確かに「良い子」ではありませんでした。 主に言葉がわからなかったのが原因だが、先生に怒られると「何怒ってんだよ!」という顔つきで、よく教室の外で罰せられていた。 また、転校生だったこともあって、彼にちょっかいを出す同級生もいたので、喧嘩もしていました。こう考えると、確かに良い子ではなかったスペンサーでした。

でも彼が中国にいた間はそうではなかった。 彼は非常に勤勉で意欲的な子供だった。先生が教室に来る前の一番のりになるために、毎日朝5時に起きていた。毎朝、彼が親を起こさなければならなかったが、いつも親から「寝てろ」と言われたという。彼は班長で、読書会のようなものをリードするために壇上に上がったりしていました。これと関係するかどうかは微妙だが、カナダでの成績がよかった。 8歳の時に、まだ学校では1足す2のような基本数学を教えていたという。彼はすでに幼稚園でそれらを習っていた。

彼は子供向けのテレビ、特にYTVやディズニーチャンネルを見て英語を学びました。ライアン・ゴズリングとクリスティーナ・アギレラは当時の子供たちのスターでした。3年生になった彼の英語は他の子供たちと一緒に勉強するのに十分なレベルになっていたが、学校はまだ彼にESL(第二言語としての英語)のクラスを受けさせようとしていた。よりによって、その先生がちゃんとしたアクセントで英語を話せないインド女性だったことが、また彼を怒らせた。最後には彼が戦いに勝ち、他の子供たちと一緒にフランス語を勉強するようになった。

ある日、彼は昼休みに本を読んでいたのですが、外は雨が降っていたので、ほとんどの子供たちは教室内で遊んでいました。本を読んでいても楽しめなかった彼に、ある同級生がぶつかってきて、切れたスペンサーはその同級生の首を絞めて、ハサミで脅したそうです。まるでマフィアのようなおっかないやつだった。。。

クールキッズ&セクシーティーチャー

彼は高校で数学が得意だったので、「才能のある」子供たちと一緒に優等生クラスに入れられた。 彼は「普通のクラス」の子供たちより2年早く数学のクラスを受けていたのだが、数学確率のクラスに入った途端、彼の成績は100%から80%に落ちてしまい、彼は自分が天才ではないことに気付きました。

カナダのクールな子供はアメリカの子供とは違いました。 彼らはクールではあったが、クソ野郎ではなかった。「ギャングスター」のようなスペンサーもその中の一人だったが、溶け込むのは簡単ではなかった。彼は他のクールキッズほど身体を鍛えていなかったし、楽器も弾けなかったので、サックスを始め、体育の「優等生」クラスに入った。

家族と友達から遠ざかるという事で、彼はアメリカに行きたくなかったのですが、両親は彼にもっと良い学校に行って欲しいと言った。彼はUCLAからオファーを受けたが、土壇場でデュークが彼にオファーしたので、彼は家から遠いデュークの入学を決めた。

彼はAグレードを取るために、割と簡単なエコノミークラスを取ったが、試験内容はクラスの難易度関係なく、誰もが同じテストを受けると知らずに、彼の成績はBに落ちてしまった。  “ああ、くそ “と彼は思った。GPAを高めるために、彼は第二専攻として心理学を取り始めた。 なぜかというと、暗記すれば、良い結果が出せたからだという。

大学時代、彼は総合的な成績を上げるためにラテン語を取っていました。 講義が難しくなるにつれ、彼はラテン語の授業を受けなくなりましたが、主な理由は先生が代わり、スペンサーがモチベーションを上げるほどのセクシーさがなかった。

彼の学生生活は順調だった。 知的に、肉体的に、そしておそらく精神的にも。ただ、ルームメイトは最悪だった。この男はよくスペンサーがシャワーを浴びに行く時に、ドアに鍵をかけてどっかへ行ってしまうらしい。彼はもう我慢できなくなって、ルームメイトに同じ事を仕返したが、そのルームメイトは激怒したらしい。それが長年被害者だったスペンサーを怒らせた。 結局、彼はルームメイトの首を絞めて、ドアに押し付ける事になった。

オマハ&ウォールストリート

GPAを上げる以外にも、漕艇部やアルファ・カッパ・プシ(AKPsi)というプロの共学のビジネス友愛会にも会計係として所属していた。AKPsiは何なのかは知らないが、彼によると履歴書に載せることができる肩書ばかりのクラブだという。

AKPsiのために、オマハでウォーレン・バフェットとの有名なディナーツアーをも手配したそうだ。利益最大化のために、最低のホテルを予約したらしい。もちろんクレームをたくさん受けたが、彼は全く気にない。この会計係としての経験は、ウォール街でのキャリアに多少なりとも貢献している模様。「利益最大化」を精神とする業界だからであろう。

経済学部の学生にとって、最初の就職先は金融やコンサルタント業が第一志望となるのが一般的のようだ。 しかし、2011年は景気が回復していない中で、特に「悪」とされる金融業界は、政府や社会的に制約を受けていた。 幸い、彼はニューヨークの投資銀行に入社し、私募ファンドのリミテッドパートナーがセカンダリー市場で持ち株を売却するのを支援した。

彼が入社した年、NYオフィスが10億ドルの案件を扱っていて、それを見事にクローズさせた。 アドバイザリーフィーの1%という事で、1000万ドルを稼ぎ、新入りのスペンサーは何もしなかったが、5万ドルのボーナスをもらったという。ウォール街で働く新卒の標準年俸が75,000ドルなのに、彼は一年目にして、年間10万ドル以上を稼いでいた。

映画で見たウォール街の労働者とは違い、彼の仕事はかなりのんびりしていた。2年目は取引がないにも関わらず、2人以上のアナリストを雇っていた。どうやらその業界では、2年ほどでバイヤー側に就職するのが普通のようで、会社として継続性を踏まえて、バックアップが必要だったのでしょう。スペンサーは日々会社でNetflixを見たり、仕事中にゲーム・オブ・スローンズの本を読んだりしていた。

イェールにノー、中国にイエス

彼は仕事がつまらなくて、ビジネススクールに行こうと思っていた。 MITを第一志望にしていたが、彼はMITの第一シボではなかった。 彼が得た唯一のオファーはイェール大学だったが、イェール大学はビジネス関連の学位のために知られていなかったし、ビジネススクールの環境も良くないので、彼は2014年に家族が中国運営している会社に加入すると決めた。

彼らのビジネスは、物流業界向けにクレジット/ローンの拡張や延長するようなサービスを提供している。彼の家族は10年以上ビジネスしていたが、中国の.comバブル時期だったので、彼らも独自のアプリやウェブサービスを作り始めた。しかし、彼らのビジネスは100%オフラインだったため、インターネットやスタートアップ、エンジニアリングについて知っている人間はいなかった。 結果的に、スペンサーは製品開発をリードする事になった。

10年以上の歴史がある組織を変えるのは大変で、特に製品開発やマネジメントの経験がない彼にとって。オペレーションも当時の彼が知っていたものとは大きく異なっていたので、5年ほど努力した後、彼は世界で最も顧客を中心とする企業であるAmazonに入社した。

今後

現在はスペンサーは自身の人脈や魅力、アマゾンの資産を活かしてスタートアップやベンチャーキャピタルを支援している。大企業での仕事範囲や自由度はスタートアップより厳しいのは理にかなっている。ただ、それが労働者のモチベーションに影響しているのも確かだ。

彼の最近の趣味はパン作り。写真を見る限り、彼のベーグルがとても美味しそうだ。また、彼は常に沢山の人達とエクササイズしていて、ビジネスに関しては、アマゾンの顧客であるかどうかに関わらず、創業者を熱心に支援している。彼はいつも自分の考えを正直に表現するので、少数話しやすい会話相手である。また、彼はイデオロギーや部族主義に縛られるような事もないので、トークが面白い上、勉強になる。

もし彼に何か提供したいことがあれば、LinkedInを通じて気軽に彼に連絡を取ってみてください。

実際のトークはYouTube & Podcastよりどうぞ。

About Dan Zen Learning

断然ラーニングはシリアル・アントレプレナー、IT業界の営業とマーケティングを熟知し、12年日本、10年台湾、6年北京での仕事経験を持つトライリンガル、毎日何らかを学んでいるダンより提供。

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